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麦工房ブログ

麦工房さんへ“感謝をこめて”

はじめに

今になってみて私は施主としてすこぶる不適格な人間だったとつくづく思います。
つまり、いいかげんな話なのですが、
診療所を開くにあたってはっきりしたイメージが自分の中にありませんでした。
おおかたの施主は過小あるいは過大にそれをもっているのでしょうが、
私の場合は明らかに前者であり、無難であればよいぐらいのものでした。
そういう主張のなさはひょっとするとある種の設計士には都合のよいものであるはずですが、
長岡さん・由紀さんの場合は断然ちがっていました。

麦工房の姿勢

麦工房の名前を冠する限り、いい加減な妥協はゆるさない。
それはもう断々固といっていい迫力がありまして、少々閉口したのも事実です。
大ざっぱに、「あまりらしくない診療所」がいいという程度の私のイメージは
長岡さんの容れるところではありませんでした。

長岡さん・由紀さんは施主教育からはじめました。
自ら病院や医院をまわり、また、気の乗らない施主を引き連れて様々な実地見学を繰り返し、
時には東京にまで連れて行ってもらいました。
たぶん、最後の最後まで出来のわるい生徒であったはずですが、
その間に、さすがの私にも長岡さん・由紀さんの仕事というものについて
大きな勘違いをしていたことに気がつきました。


設計の本質

設計士あるいはインテリアデザイナーの頭の中には、
ある程度、診療所に対するあらかじめイメージがあり、幾通りかの案がある。
それを施主に提示し、施主はその中からそれで結構ですといった形で一つを選び、
それで設計士の仕事は終わりというものだろうと私は思っていました。

しかし、長岡さん・由紀さんが私にわからせようとしたのは、
設計図を描くのは仕事の一部にしかすぎないということでした。
設計図を描くのは施主と設計士の共同作業であり、
それ以前が大変であり、それ以後も大変なんだということでした。

建築物はたんなる物体、入れ物といってもよいのですが、そういうものではなく、
施主と設計士の思想と言ったら少し大げさですが、主張をもっていなければならない。
長岡さん・由紀さんは、そう考えているようです。


トータルコーディネーション

長岡さんとそのパートナーの由紀さんも芸術家肌であり、
こちらの鈍感さに傷ついているだろうなとは気づいていました。
しかし、さすがに長岡さん夫婦はプロであり、おのが職業について粘り強かった。
私の専門である精神科、心療内科に理解を持とうと、
本を読み実地の見学を重ねる努力をし、
自分の中でイメージを創りあげては私にぶつけてきました。

漠然とではありますが、
こちらも触発され少しずつ長岡さん夫婦の仕事を理解できるようになりました。

それはトータル・コーディネートと横文字でしか表現できそうもないものでした。
具体例で言えば、患者さんはどういう人たちで何を悩んで何を期待してくるのか、
診察室の机やドアの位置、大きさ、雰囲気、患者さんと主治医の距離、角度、
デイ・ケアとは何か、その居心地よさとは何か、待合室におけるスペースの取り方、
エトセトラ、エトセトラ…
何度も、何度も説明がありました。
特に暖房については長岡夫妻の強い勧めでOMソーラ・システムによる床暖房を取り入れました。


経営的な視点からのサポート

建築を制約する条件はたくさんありますが、最大の問題は費用でしょう。
とにかくこちらは貧乏ですので、安く、安くとそればかりでした。
その面でも長岡さんは奮闘してくれました。
設計図ができあがった段階で見積もりをいくつかの施工会社からとり、
値段を比べるだけでなく、施工会社がいかに仕事の内容を理解しているか、
実力があるかを見積書の中から読み解いて、素人にもわかるように説明してくれました。
そして長岡さんの薦めにより、安いだけでなく、仕事にも実力がある会社を選ぶことにしました。
見積価格の高い会社から見れば2000万円ぐらい安くなっていました。

さらに、施工会社と値下げ交渉もしてくれ、さらに幾ばくか安くしてもらえたのです。
麦工房と施主の契約は、建設費の数パーセントと決まっていましたから、
長岡さんは自分の利益が少なくなることを知っていながら、
施主の利益のために動いてくれたのです。

自分が設計士だったらそれほど良心的な努力をできるかどうかは、
われながら自信がありません。
その点に関して、長岡さんの麦工房は良心的すぎるほど良心的であるといえるでしょう。
見学に来た他の開業医がそれは安いと言ってくれたから、
間違いなく相当安上がりにできたようです。

建物ができあがり内装が終わり開業準備をしている段階でも、
顔の広い長岡さん夫婦は自らの知り合いに宣伝をしていただきました。
借金を返すのがどれほど大変なことであるかを知らず、
経営に関して不十分な覚悟しかなかった私にイライラして、
少しお叱りを受けるほどそれは熱心なものであり、
まったく恐縮しました。


おわりに

長岡さん夫婦の言うことを聴かなかったのは、クリニックの名前でした。
いろいろとしゃれたネーミングの案があったのですが、
なかでも一番色気のない「華蔵寺クリニック」を選んだのが
長岡夫婦のイメージにあわなかったようで多少不満げでした。

要するに長岡夫婦の仕事は自分の創り上げた作品である華蔵寺クリニックが
診療所としてうまく機能する(経営的にも)ことまでが念頭にあるようです。
当たり前のことですが、思いもしなかった不具合が建物には生じます。
何かあるたびにこちらとしてはあいかわらず長岡さんのお世話になっていて、
まことに申し訳ない次第であります。
これからもいろいろとご面倒をおかけすることと思いますが、
嫌がらずに来てください。

最後に麦工房さんを紹介してくださった写真家の平山利男さんに感謝いたします。
平山さんが麦工房を推薦してくださらなければとんでもないことになっていたような気がします。


作品集:華蔵寺クリニック